大体1980年代中頃、およそ85年頃に新宿渋谷あたりに現れました。
テレクラには店舗型と無店舗型があり、全盛期に全国で店舗型のテレクラが隆盛。店舗型では、男性客は大体の場合時間制で料金を支払い、個室で女性客からのコールを待ち、かかってきた電話は早い者勝ちでとっていました。
無店舗型は、テレクラ番組の専用ダイヤルに電話をかけて、女性客からのコールを待つスタイル。1995年頃から全国でテレクラ規制条例が施工されはじめ、店舗型の業態は減っていき、現在はこちらのほうが多いと思われます。
当初はまだ女性の利用客は少なかったんですが、女性客は基本無料でかけられたため徐々に利用者も増えていき、90年をすぎるころには全国的に広がっていました。
中には女子高生などの子供たちが暇つぶしのいたずらでテレクラにかけてみたり、その延長で援助交際などが流行し、テレクラは援助交際にかなり利用されたと思われます。
最盛期、歓楽街はもちろんのこと歓楽街ではない場所でも、町中にチラシが貼られ、電柱や特に公衆電話へのチラシ貼りは凄まじい状態で、ピンクチラシと呼ばれるそれらのチラシが隙間なく貼り尽くされた公衆電話があちこちで見られました。
インターネットが一般に浸透し、出会い系サイトが出て来ると急速に衰退しましたが、現在でも多くの雑誌やインターネットサイトを通してテレクラの宣伝を見ることができます。
そして現在でも男女の出会いを提供するサービスとして多くの番組が運営されています。
テレクラは、80年代後半~90年代前半の日本風俗史を語るにおいて、避けては通れない文化といっていいと思います。